黒岩徹
東洋英和女学院大学教授、地域研究
秀吉の朝鮮侵略は暴挙であり、愚挙だった。日韓併合と同様、歴史に大きな汚点を残しただけでなく、日本人将兵を朝鮮の地に残すことになった。その事実は明治時代、朝鮮を支配した日本政府の朝鮮総督府によって否定された。
本書の序章には、初代朝鮮総督の伊藤博文のもとに、秀吉時代、朝鮮側に寝返り沙也可と呼ばれた日本人武将が、朝鮮名金忠善〈キム チュンソン〉と名乗って編んだ自伝的回顧録『慕夏堂〈ぼかどう〉文集』が伝えられた話が記されている。しかもその子孫は大邱に近い友鹿洞〈ウロクトン〉という集落に固まって住んでいるという。日本の朝鮮統治に邪魔となるこの話は、総督府の意向で抹殺されたが、日本敗戦後、史実が明るみに出る。それでも沙也可は謎の武将である。それを著者は想像力と筆力によって生き生きとした青年武将に蘇らせた。フィクションであるが、迫力に満ちている。大義なき戦いを捨て、義に生きた特異な男が四百年以上前に存在したというノンフィクションの迫力でもあったろう。 (一部抜粋)
『東京人』 2006 年 10 月号掲載。都市出版株式会社発行