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絵・山中冬児先生 |
- 『手のひらの記憶』を一気に読ませていただきました。
うもれていた謎が一つひとつほぐれていく課程にいつしか正座をして読みすすんでしまいました。
軽い感想などは、申しのべません。
しかし、私は、父が滅する時に、泣きながらした話がよみがえりました。
戦争中、目前で四人の中国人が射殺された時、あらゆる手段を尽くしても、それを阻止できなかった無念、後悔。死ぬまでそれをいだきつづけて、父は旅立ったのです。
戦争なのに。兄が戦死しているのに。
私も今まで、何冊か、本を読んできました。
この本は、今後、生涯記憶に残る本として生きつづけるでしょう。
ありがとうございます。 東京都新宿区・UH(50代・男性)
- ハルピンでの戦後の状況や、引き揚げ船での毎日、それに日本に帰ってからの苦しい生活等々、なにか、私自身の過去を読むような気持ちで一気に読破しました。
しかし、それにしても、第二章「約束のたね」の「手のひらのかぎ」の一節は、泣けて泣けて、涙が止まりませんでした。
本を読んで泣くなんて……、本当に久しぶりのことです。
感動の本、誠に有り難う御座いました。
IT(男性)
- 私の父もノモンハンの生存者で、悲しい話を随分と聞いて育ちました。戦争のことは絶対に忘れてほしくないと思います。今も起きている戦争の惨状からも目をそむけてはいけないと思います。
孫へも、知人にも、『手のひらの記憶』という形に残る本として伝えていきたいです。 横浜市金沢区・MEN
- 出版事情が困難になっている現在、出版元の結書房さんに対し、敬意の念でいっぱいです。
岩崎京子先生の解説にも心を打たれました。
こうした記録が戦後62年の今日、たくさんの人びとの心に届くことができたことは意義深いことです。
書き手を一人にせず、「私」(=著者のお母様)と「わたし」(=著者)の二人に語らせたのは、とても良かったと思います。
お母様がお苦しみになりながらも思い切って書かれた記録は、まったく生きたことばで、読む者の胸にせまってきます。
東京都世田谷区・TH(女性)
- 『手のひらの記憶』を御恵送いただいて、ありがとうございました。
胸のふさがる思いで読ませていただきました。
お母さまも、このご上梓をどんなにかお喜びのことでしょうね。
どうぞ「手のひらのぬくもり」をおたいせつに……。
京都府長岡京市・AK(女性)
- 『手のひらの記憶』、読み終えました。胸がいっぱいで感想なんて簡単に言えません。
この数年、クリスチャンとしてまだまだながら、聖書を学んでいる私は、読みながらいつもそのテーマの答えを聖書の中に探していました。
「あなたがたのあった試練で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試練に会わせることはないばかりか、試練と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えてくださるのである」
私もなぜだか、著者のお母さまと同様に、子どもは三人!と決めていました。うち二人がダウン症というおまけつきでしたが、やっぱりこの子どもたちを授かって幸せだなぁ、と思います。
でも、もしこれが、あの戦時中だったら本当に育てていくことはできるのだろうか? やはり苦しい選択を迫られることになるのでは、と恐怖を感じます。
今の時代、嫌な事件や地球の危機的状況を聞くと、とても希望なんて持てないと思う人も多いかもしれません。
それでも、私たち親は、やっぱり愛や希望を子どもたちにつなげていくのが使命だと思います。
本当にありがとう。心に重く残りました。私の母にも読んでもらおうと思います。 YM(40代・女性)
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- 早速読ませていただきました。涙があふれて来ました。著者のお母さんが長い間、心の中に閉じこめてきた重荷を、ゆっくりと自然に降ろしてゆくことができたのが、なによりの親孝行でしたね。
(40代・女性)
- 読み始めたら一気に読みたくなりました。つらい出来事がいっぱい書かれていましたが、あふれてくる涙は悲しいものではなく、すごくあったかい涙でした。不思議だけど、泣きながら幸せな気持ちになれました。読んで良かった。すごく心があったかくなりました。 SM(40代・女性)
- なんだか読んじゃうのが、もったいなくて、のろのろのろのろ読みすすんだけれど、残念ながら、全部読み切ってしまった……。ものすごく良かった。著者はこのことを伝えるために、この世に生を受けたのだと、私も深く感じました。 (40代・女性)
- ご本読ませて頂きました。仕事の往復の電車のなかで読みました。あまりにも痛ましく、切なくて、胸が苦しくなり、何度も本を閉じました。読み終わって、著者がどうしても書かねばならないと思った気持ちが、よくわかりました。
あの当時の多くの悲惨な出来事のひとつではあるのですが、自分自身の身にひきつけて、それぞれが記憶に留めなければならないと思いました。
私たちの穏やかな生活は、誰のおかげで手に入れることができたのか。
今も世界中で戦争が起こっています。世界中が平和になるために、一人ひとりが出来ることを考えていかなければなりませんね。OF(女性)
- Amzonで本を注文して、昨日届きました。
当時引き揚げを経験した方々は、皆同様の思いをされてきたのでしょうね……ショックです。
うちも今、上の子が5歳です。この年の子が……と思うと、本当に胸が痛みます。
私は一昨年、母を亡くし、その後すぐに下の子を授かりました。予定外のことで、正直言って、「母の生まれ変わり?」なんて思っていますし、母の少し早かった死は、「この子の誕生のため?」なんて……。この本の場合とは少し違うかもしれないけど、命のつながりを感じています。 埼玉県・OK(40代・女性)
- 信じられない、物語の中だけのような話が現実にあったのだな。
引き揚げは命懸けだけど、そのあとの厳しい生活ももっと大変だったことだろう。
戦時下、私の父は東京に住んでいたので、空襲でB29が飛んでいるところや焼夷弾が降ってくるのを見た……などという話は聞いていたが、海を越えた満州でも、同じ日本人がこのような苦難を強いられていたなんて……恥ずかしながら初めてちゃんと知った気がする。
つらい話も、そこから何がわかるのか、伝わるのか、知っている人、体験した人が伝えていくということの大切さを実感した。
文章の展開が良かった。これだけの体験記、よく上手にまとめあげたと思う。 FA(40代・女性)
- ふだん、あまり本を読まないのですが、くり返し、くり返し、3回ほど読みました。
そして、なぜかペンを取ってしまいました。
でも、何も書けない自分がいます。
私なんか、へんな言葉を口に出来ない、してはいけない……と思いました。
ただ、よく書きましたね。お母様も、志保さんも。
伝えたいことがあるのだけれど……うまい言葉がありません。
命のくさり……そうですね、本当にそうですね。
本当に良い本をありがとう。 MH(20代・女性)
- 一気に読み通しました。なんていう言葉で表現したらいいんでしょうか。
ボクは仕事で沖縄を担当していたことがあります。
前任の後輩は、まず得意先回りをする前にひめゆりの塔へ行ってくださいと言いました。言われるがままに行きました。
記念館の壁一面に当時ひめゆり部隊といわれた女の子の写真がびっしりと貼ってあります。そして彼女たちはみな微笑んでいるのです。きっととてもつらい思いをしたにちがいないのです。
お洒落もしたいし、お友達とも遊びに行きたいし、甘いものも食べたいし、それに憧れの彼もいたかもしれない……そんな女の子たち。それを見たらなんだかわかんないけど涙がどーっとこぼれてきました。
平和記念公園にも行きました。真っ青な海がボクを迎えてくれました。とても米軍が上陸してきたなどということは想像できませんでした。
引揚げ船が着いた博多には12年住んでいましたが、今の博多には当時を思わせるものは何もなく、華やかで、若者がなんの心配も苦労もせずに着飾って平和に毎日を過ごしていました。
東京の街もそうです。渋谷のスクランブル交差点を戦争のせの字も知らない若者(ボクもそうですが……)が、携帯電話を片手にのほほんと渡っています……。
なんかいろんなことを書きたいんだけど思うように言葉にできません。
ボクたちは戦争を知らなくても、戦争があったことは知っていて、今でも戦争をしている国があることは知っています。平和ボケしてる場合ではないですよね。
著者もいろんな思いで執筆されたのだと思います。
その気持ちを少しでもボクが受け止められていたらいいなあと思います。 東京都・EIJI(30代・男性)
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